「戦略的TPM」で新しいものづくり革新を―経営戦略とリンクする総合一貫型のTPMとは― No.5
連載第5回 S-TPMメニュー解説編 「事業継続&総資産管理」「顧客満足&営業革新」 その1
事業継続&総資産管理革新
■事業継続革新とは(現在の事業の状態・リスクを把握する)
事業継続革新とは、どういうものでしょうか。また、どのようなことを実施するのでしょうか。下図の事業継続革新の活動体系をもとに明確にしていきます。
図1 事業継続革新の位置づけ
図中の記載どおり、事業継続革新とは「何があっても事業が継続できるために、事前に検討すべきことを考え、プライチェーンや社会インフラも含めて強靭な事業継続性を備えておけるようにすること」です。その実施すべき活動内容は、事業継続革新の活動体系にあるように、考えうるあらゆるリスクを抽出した後にそれらのリスクの評価をして優先順位を付け、対策を打つことです。これは大きな投資ができない場合も、代替え手段で万全な備えと呼べる域に仕上げなければなりません。また、定常時以外の非定常時や緊急時など、あらゆるイレギュラーな事態でも事業が継続できるように盤石な状態にしておくことです。
これらの活動は一般的に費用を使って、リスクをヘッジするということが多いかと思います。しかし、JMACの事業継続革新は、設備生産性のn倍相当化やビジネスの2S(整理整頓)などを活用することで原資を生み出し、投資対効果の高いBCP(Business Continuity Planning)をはるかに凌駕するものになっています。したがって、最終的には社会インフラの連携活用もできる原資を提供しつつ、「社会への価値創造」をしながら「企業理念の実現」をもたらし、ひいては自社でリーディングしながら、「社会保全の実現と維持」を実現していくことになります。
■将来を踏まえての戦略的事業リスク・危機感を共有する
事業継続革新をスタートするには、まずは現況のリスクを共有するという認識から始まります。下図に示したあらゆる面からのリスク要因を抽出することが大切です。また、それらの対策としての打ち手も経営資源の制約から将来に禍根を残すものであってはならないのです。だからと言って、損益を大きく損なうような投資の仕方を強いることもできません。留意すべきことは、下図の「Ⅱ.被災対策系リスク」に示したリスク対策時のリスクや、自社の管理範疇を超える場合の「Ⅲ.自社を超えた相互支援体制の構築」に対しても配慮が必要なことである。
図2 リスクマネジメント対象例
■何があっても事業継続するには?
何があっても事業継続するには、健全な利益を上げるとともに、前項のありとあらゆるリスクを事前に想定して、悪い方向に行かないよう先手を打っておく必要がある。もちろん、リスクを心配すればキリがないが、その中でも発生確率と損失額インパクトに評価点を付けて、下図(左)のようなバブルチャート図に表示して、左上のゾーン(発生率も損失も高い)からどんどん対策を打って、発生率と発生したときの損失をともに少なくしていくべきです。
個々のリスク要因について、どこまで対策を打つべきかは判断しにくいこともあります。しかし、下図(右)のように、発生率が高く損失額の大きいものから優先的に手を打つことが大切です。同図で損失額に対して予防コストが高くなってくる手前が経済コストで、通常はここまで対策を進めます。もっとも、このガイドラインにとらわれることはありません。発想を変えて安い費用で大幅に損失額を下げるアイデアも考えつくこともありますから、あきらめないでください。予防コストを節約しながら、飽くなき損失額の発生確率を下げることをトコトン追求してください。
図3 リスクマネジメントの基本的考え方
■ありたい事業継続シナリオの描き方
自社で事業継続革新を考えるにあたり、前述した「現況のリスク」で共有されたもののうち、弱点が致命的なものや、まったくそのリスクを考えてなかったものなどを中心に、優先順位をつけて対策活動を始めるべきです。しばらくは世間並にリスクをとらえていくこと、そのための欠点の克服などが、そのときの重点活動となります。しかし、活動を続けてくと、標準レベルやその上のレベルになり、地域社会や公的な機能も含めた活動に目が行くようになります。多面的なリスク対策は自社だけが努力しても到底不可能なことが明確になり、自社だけでなくサプライチェーン全体、地域や社会をも含めた強靭な対策が必要になることがわかってきます。
したがって「ありたい事業継続シナリオ」とは、
①現況リスクの棚卸し
②自社の弱点克服
③自社のリスク項目の標準レベル以上への強化
④サプライチェーンおよび地域社会や公的な機能も含めた活動
⑤地域全体、社会全体の保全を考えた、リスクに強い社会の構築
を志向したものになります。
■本来の事業継続革新とは
本来の事業継続革新は、一企業だけの努力で担い切れません。外乱が多過ぎるからです。しかし、全面的に無力かと言うと、そうではありません。関わりのある社会インフラも含めて、自社や近隣他と連携して、どのようにすれば強靭な国土の保全が実現できるかを描くことで、自治体や国へ働きかけも可能になるはずです。どうしても喫緊の課題となる防災内容に関しては、寄付行為として対策の早期化を図るものも出てくるでしょう。大事なのは、目先で物事を考えず、大所高所から考え、国土および社会全体の保全をどのようにしていくべきかを長期的な計画のもとで、PDCAを回していくことです。
詳しい説明はまた別の機会に譲りますが、社会全体の継続繁栄を支える社会インフラの強靭化を実現するために、自社の可能な範囲で社会へ働きかけていくことが大切であることを、再度強調しておきます。
図4 社会インフラ保全とも一体となった活動の位置づけ
出典:『強靭な社会インフラのあり方』(2013,ソーシャル・レジリエンス・マネジメント研究会,日本プラントメンテナンス協会)p.41図表4-1。図は筆者が同書に出稿したもの
コラム:世界トレンド「SDGs」とは
ここで社会トレンドとしてのSDGsを紹介しておきます。この潮流を企業活動に活かして、これまでの活動を補完し、バランスの良い企業使命の実現を目指す必要があります。
SDGsとは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称です。SDGsは17のグローバル目標と169のターゲット(達成基準)から成る国連の持続可能な開発目標です。
図5 SDGsの17項目
この活動は事業継続革新の社会貢献部分のゴールを共有する形で活用することができます。もちろん、健全な利益や製品サービスで切り拓く価値創造にとって、SDGsと同じゴールや達成基準だけでは不足している点も多いでしょう。しかし、各分野に対して自社では無理だとあきらめずに、全17項目に対して1項目も除外せず部分的な寄付行為からでも構わないので、少しずつ活動の幅を広げていくことです。
17項目の詳細はここでは述べませんが、グローバルな活動として広い見地から些細なことでも該当しそうなことを自社目線で構いませんので各項目に対して抽出、棚卸しすることをおススメします。そのうえで、納得感のある活動動機や意義を見出して活動計画を立てることが大切です。
具体的には、自社でベン図を描いて「どの項目にどこまで関わり何を実現すべきか」について、社内で同意できる活動レベルを設定してください。自社では何もできないと思われる項目でも、除外してはいけません。ささやかな活動でも構いません。まずは参加することです。
たとえば、No.1項目の「貧困をなくそう」を考えてみます。自社の関係者には貧困家庭の人はいないのではないか、自社の実力からして貧困という社会問題に貢献できるほどの財力や人材はいないだろう、会社が大きくなってから検討しよう、と考えてしまいがちです。自社という範疇にとらわれず、会社のある地域の貧困母子家庭、学校に行けない途上国の子供たちに何ができるかということから始めてみたらどうでしょうか。どのような動機でもキッカケでも、企業活動に関係のありそうな、ほんの少しの貢献でもよいのです。とにかく最初の一歩の活動を始めるべきです。
SDGsの活動の進め方については、企業行動指針を国連などが定めた「SDGコンパス」が参考になります(下図)。ここでは各企業が自社の経営戦略と統合し、活動を進めることが求められています。
図6 SDGコンパスの5ステップ
■総資産管理革新とは
事業継続革新で述べたように、すべてのリスク要素を考えるには、自前の資産だけを見ていては不十分であることは理解していただけたかと思います。すなわち、社会インフラも含めた棚卸しとその保全を考えることが、本来の事業継続革新を支える保全になるのです。その基本はTPMの計画保全にあります。その対象範囲を社会インフラやサプライチェーンも含めて広げたうえで、計画的に保全を行う必要があります。これを総資産管理革新と呼びます。つまり、総資産管理革新とは、「社会インフラやサプライチェーンを含めた事業継続に必要となる総資産を総合的に管理革新すること」です。
図7 総資産管理のレベル別にねらうもの
従来の計画保全は、ものづくりに関わる設備を対象範囲にしていましたが、総資産管理革新ではものづくり以外のすべての資産を対象とします。
たとえば、・建屋・本社ビル・物流拠点・車両・情報システム・技術資産・福利厚生施設・その他動的不動的資産・公的社会資産・土地・資源供給環境・社会インフラ・非常時の緊急体制網・物流網・通信網・エネルギー網など、これらの現状の存在を登録し、その代替え性をも踏まえて格付けし、対象別にすぐに活用できる状態に保全し、そのフォローを継続する。これらによって地域社会やサプライチェーンなどの社会インフラも含めて、盤石で強靭な総アセットマネジメント(さまざまな資産の管理、運用をする業務・地域的人的なネットワークなどの運用保全すること)が運用でき始める。
■総資産管理革新の考え方
事業継続革新を意識しながら、必要となる総資産をどのように革新していくべきか、その考え方をまとめておきます。
本来、自社の棚卸資産に対して資産管理をしているので、今回の社会インフラも含めた総資産管理には戸惑いもあるとともに、最初の活動が困難に感じられることも多いでしょう。対象となる資産の管理者が、国や自治体だったり、他企業だったりするからです。ただ、最初は先方にも戸惑いもあると思われますが、近年の世界を襲う災害もあって理解できる素地が整ってきました。まずは、災害が起きたとき、道や橋、港および空路も含めて、連携できる態勢を少しずつでも整えていく必要があります。
下図は社会インフラも含めた施設管理体系の例です。詳述は避けますが、計画保全で培ったノウハウを対象を広げつつ、どんな災害が起きても、他工場やサプライヤーも含めて事業を継続できる体制を整える必要があります。
図8 社会インフラの施設管理体系例
■総資産管理革新の進め方
総資産管理革新では、製造設備以外の総資産および周囲の公的社会的資産も含めた、合理的保全体系化を行います。その進め方を以下に整理しておきます。
①社会資産も含めた総資産の棚卸し
社会インフラの資産も含めた全体の総資産にどういうものがあるかを棚卸しして台帳をつくります。代替え手段を確認したうえで、保全の管理方式を定めて、保全管理のサイクルを回すことを始めます。
②近隣を含めて幾多の災害を想定した総資産保全と事業継続性の検討
災害を想定したときに(災害の種類や発生場所も)、どのように対応すべきか、いざというときに「想定外」の言葉を使わずに済むように、ありとあらゆる備えをしておきます。
③調達品供給ラインの非常時対策の検討
災害はいつどこで発生するのか、発生したときにどのサプライチェーンが切れるのかは、予測はむずかしいものです。しかし、わからない状態であっても、どこが切れたらどう対処するか、一つひとつの供給品のチェーンごとに事前に何を備えておけばよいかを明確にしておくことです。ベストではないにしても、1ランク上位に事業継続できるレベルを保つには、日頃からどのような準備をしておけばよいか、しっかりと考えておきます。
④強靭化力レベルアップの検討
このように社会インフラも含めた保全を考えたときに、どのような考え方であれば、より強靭な社会保全ができるようになるでしょうか。図4に示したとおり、a.持続性 b.賢明性 c.多重性 d.復元性の4つの観点から見直すことで、強靭化レベルがアップするので、ぜひ活用してください。
⑤日々総資産点検と日常訓練
合理的保全として体系化されても、すぐ使える状態に保全しておかないと、いざというときに機能しなかったということになれば意味がありません。日頃から日々総資産点検と日常の訓練を継続して実施する仕組みと愚直な運用が必要であることは言うまでもありません。
TPM革新センター シニア・コンサルタント
白濱 伸也(しらはま しんや)
1984年 JMAC入社。経営・生産・設備・間接領域におけるコンサルティング活動に従事。主要テーマは、経営戦略視点からのTPM展開支援、ビジネスプロセス革新、大幅コストダウン、リーンシックスシグマ展開支援、戦略的ISO9000&14000システム構築支援、生産システム設計、ヘルスケアコンサルティング、ビジネスモデル革新など。近年は、「17本のメニューに基づく新TPM(S-TPM)の推進者として提唱・普及に務めている。共著に『TPM成功の秘訣21』(JMAC)、『工場改善ハンドブック』(JMA)、『TPM展開ガイド』(JMAC)、『病院まるまる改善』(日本医療企画)、著作に『業務改革』(日本医療企画)、『儲ける開発』(JMAC)ほか多数、雑誌への寄稿も多数。